マンションの売り手だった私
松原清植 クローバー管理
 
そもそも私は、今の仕事に転じる以前は、大手のデベロッパーに勤務していました。マンションを売る立場で、仕事をしていたのです。

ちなみに、デベロッパーというのは、マンションや宅地あるいは商業施設などを、企画・施工し、販売する不動産会社を言います。一般の方にはわかりにくいかもしれませんが、規模の大きな不動産の建設に携わるのがゼネコン、そして、販売するのがデベロッパーと考えていただければ、ほぼ間違いありません。

現在、生まれ育った福岡で会社を運営している私ですが、平成8年(1996年)に、新卒でビジネスキャリアをスタートしたのは四国、香川県の高松市でした。
大学を卒業した年、大手マンションデベロッパーに就職したのですが、その本社が高松市にあったのです。

この業界を選んだのは、親が建設会社をやっていたので不動産になじみがあったことも理由の一つです。ただし学んだのが理系ではなかったので、営業職としてやっていこうと進路を決めたのです。

新卒時から数年間は、高松市でアパート建築の営業に従事しました。



そこで営業マンとして鍛えてもらった後、自ら希望して生まれ育った福岡に赴任、それから三十歳で独立するまで分譲マンションの販売を経験しました。

営業マンとしての経験は、今の私の仕事の土台になっています。もちろん苦労もしましたし、達成感や、そこから得た自信も身につきました。特に新卒時代の経験には、大きな意味があったと思います。


私の原点・アパートの建築営業
初めに配属された事業部(建設事業部)では、地元の土地をお持ちの方々に、アパート経営をお勧めしていました。土地活用の提案をする営業です。
images (1)

当時の高松では、農家の方が農地をアパートに転用するケースが多かったと思います。地方の農家には、代々田圃をやってきても、将来の後継者がいないといった場合が少なくありません。
そのまま土地を持っていると、将来、けっこうな額の相続税がかかってきます。しかし、借り入れをしていれば相続税が相殺されます。

そこで、我々のような業者は、「相続税対策を兼ねて、アパートを建てませんか」と提案するのです。

とはいえ、この営業は本当に大変でした。

(続)

ーーーゼロからの挑戦(幻冬舎)よりーーーーーー 


「ゼロからの挑戦」(幻冬舎:2017年11月発売)より抜粋

松原 清植(まつばら せいしょく)
(㈱クローバーコミュニティ:共同代表)
--------------------------------------------------------------------------
クローバーコミュニティ 公式ページ[立ち上げました!]
福岡のグループ会社-クローバー管理-
--------------------------------------------------------------------------
  • フレーズブックに追加
    • 該当するワードリストがありません英語 -> 日本語...
    • 新しい単語リストを作成する...
  • コピー